2015年03月04日

聞思して遅慮するなかれ

聞思(もんし)して遅慮するなかれとは、シッカリと聞いてよく考え思えということで、親鸞聖人の教行信証に出てきます。


聞思とは聞き慣れない言葉ですが、私たちが先入観を持った思いで聞くのではなく、聞いて思えという所に重きが置かれています。


私達は聞きっぱなしとか、ただ単に聞くだけで何も思わない考えないことが多いものです。
それは面倒くさいとも言いますが、世の中のあり様や生き様についても自分の思いがなければ、ただ単に流れに流されてしまうのかもしれません。


そして、ただ単に楽な道や方法を取るだけでは阿弥陀仏の本願にも辿りつけないものでしょう。
たとえ阿弥陀仏に関心がなくても知恵を働かすということは結構難しいものです。
知恵を働かすには、感も必要かもしれません。


最近の私の感ですが、大勢の人がすべて右を向いたり左を見たりする時には何か裏がある様に思えるのです。
そんなひねくれたふうに考える様になったこと自体、何となしに危機感を覚えます。


でも、世界中の大半の人がマスゴミによって洗脳されつつある現実には憤りを感じざるをえません。
何とか様々な方面から多くの情報を取り入れて、聞思出来ないものでしょうか?

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2014年12月01日

呉清源さん逝去

呉清源さんは昭和の最強の囲碁棋士と言われたが、人生も100歳までまっとうし逝去された。


囲碁の革命といわれた「新布石」を編み出し、戦前から戦後にかけて読売新聞社主催の打ち込み十番碁で無敵を誇った昭和最強の棋士、呉清源(ご・せいげん)さんが、30日午前1時11分、老衰のため神奈川県小田原市内の病院で亡くなった。100歳だった。


呉清源さんの話は、囲碁を知らない人でも耳にしたことがあるかもしれない。
数々の斬新な新布石は、今なお輝き研究にも値していると思う。


囲碁や将棋に興味のない人でも、何か新しいことに取り組む大切さは十分に理解できると思う。
囲碁や将棋は古くからの定石が大いにものをいうゲームであるが、その定石が偉大すぎるので定石を追い越す手を編みだすというのはとても難しい。


ある意味で天と地をひっくり返すように頭を柔軟にして取り組まねばならない。
プロ棋士ならば勝負に生活もかかってくる。
そんな中で新手を次々に編み出していったパワーと執念は、囲碁を愛する心が無ければ続かなかっただろう。


何時までも囲碁界を指導して頂きたかった・・。
ラベル:呉清源
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2014年08月05日

河野九段、初の挑戦権 プレーオフで山下前名人破る

河野九段が、囲碁名人戦で初の挑戦権を獲得した。
プレーオフで山下前名人破り、井山名人との挑戦手合いを戦う。


第39期囲碁名人戦挑戦者決定リーグ戦(朝日新聞社主催)は4日、同率首位2人によるプレーオフが打たれ、河野臨(こうのりん)九段が前名人の山下敬吾九段に黒番半目勝ちし、井山裕太名人への挑戦権を獲得した。
河野九段は名人初挑戦。七番勝負は9月4日、東京都文京区のホテル椿山荘東京で開幕する。

 
河野九段は今期、リーグ5戦目となる4月の山下戦で敗れて2敗目を喫した。
だが、6戦全勝だった山下九段が足踏みを続ける間に白星を重ね、7月31日の最終戦で勝って6勝2敗とし、首位の山下九段に並んだ。


リーグ出場は3期連続3回目で、前期はプレーオフに進出したものの、井山・現名人に敗れていた。


それにしても、勝負は最後の最後まで分からない。
プレーオフが半目差とは・・。


山下九段は、本因坊戦でも挑戦者にほぼ決まっていたのを半目差で敗れた経緯がある。
勝負事は、最後の最後まで分からない。
囲碁で言えば、ダメを詰め終わって確認をして初めて勝負が確定する様なものだ。


ところで、因果応報という考え方がありますが、河野九段の様な努力家なら名人戦の挑戦者になっても不思議ではない。
それなりの努力や苦労があるのだから・・。


では、パレスチナの住民に因果応報があてはまるのか?
何の罪もない人々がイスラエルの横暴で命を落としていく・・。
私の感覚からすれば、神も仏もない世の中だ!


イスラエル人は敬虔なユダヤ教徒だと聞くが、ユダヤの髪が本当に虐殺を命じられたというのだろうか?
イスラエルでは神まで自分たちの都合の良い様に操ってしまうものか・・?
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2011年09月14日

中秋の名月

中秋の名月は旧暦で八月十五日。
新暦では、今年は9月12日に当たる。

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その12日に、姫路城三の丸広場で観月会が催された。
当日は近隣の酒造メーカーから樽酒が提供され、試飲会があるということで是非ともと参加した。

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名月を眺め琴の音を聞きながら、今は改修中で覆われてはいるが国宝の姫路城を臨むと、貧弱な政治を嘆くことも忘れ、中秋の名月のように少し爽やかになったひとときを過す事が出来た。
ラベル:中秋 中秋の名月
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2010年11月22日

こども園

政府が2013年度から実施予定の新制度「こども園」の概要が明らかになってきた。


もともと省庁内でのギクシャクが根底に潜んでいる。
即ち保育所は親の就労支援を主眼に厚生労働省が所管し、共働き家庭の5歳までの子供を預かり食事も与える。
幼稚園は文部科学省所管で、専業主婦の家庭を念頭に3歳から小学校入学までの幼児教育を行う。


もとの趣旨が違うから預かる時間も保育所が8時間と長いのに対し幼稚園は4時間が標準である。
食事の有無にもよるが保育料や関連補助金も大幅に異なる。


ところが昔と違って、この不景気な時代である。
どこの家庭もローンを抱え、主婦といえどもパートやアルバイトをしていない人は少なくなってきている。
そこで当然に子供を預かる場所の需要が増えるのである。


保育所は自治体の窓口で申し込み、空がなければ待機児童となるのであるが、その数が半端ではない。
一方、幼稚園は少子化の影響で3割以上が定員割れの状態である。


何とかせねばとて政府が考え出したのが、足して2で割る算法である。
国民の苦しい台所事情や複雑な家庭事情、社会情勢も何のそのである。
何とかして、の要請にはいつも泥縄で、問題が起きればそれから考えるのがいつものやり方である。


頭で考えた制度は頭の中でしか動かず、それに合わせさせるために巧妙に補助金で表面をつくろってしまう。弱い国民は従うしかない。
時代劇のお粗末な政も、現代劇の政治も全く変わるところはない。


実情を細かに理解している下からの叩き上げの意見や人物はどこへ行ってしまったのだろう。
いつもぼやくばかりでなく、胸を張って賞賛の言葉も送りたいものである。






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2010年11月15日

秋祭り

各地の秋祭りは豊年の実りを祝う行事として始まったと思われる。
そこでは御旅所へ御輿を渡御し神幸祭とした。


お宮の氏子からは御輿に似た屋台を練りだし、風流として祭礼を盛り上げるのであるが、今ではこの屋台の方がメインに様変わりしている。

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年に一度の祭りは氏子をあげて祝うので、故郷を離れて日本の各地で仕事をしている者も、この時期には帰ってきて集まり旧交を懐かしむと共に団結の和を固めるのである。
正月に帰省せずとも祭りには帰るという者も多い。


日本の伝統が薄れつつある今日、若者に語り継いで、いつまでも守り続けていきたいほっとする行事の一つである。


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2010年11月13日

アジア競技大会開幕

第16回アジア競技大会が12日、中国の広州で開幕し、アジアオリンピック評議会加盟の45カ国が全て参加、選手総数は1万人超となった。
日本からは全42競技に726選手が参加し、開会式の旗手をバトミントン女子の潮田玲子選手がつとめた。


注目選手の一人は、まず中国といえば卓球の福原愛選手であろう。
愛ちゃんは嘗ての幼い愛らしい姿から脱皮し、大人の顔で4種目をリードする。
変なプレッシャーに負けないでのびのびとプレーをして欲しい。


またカムバックしたテニスの伊達公子選手も活躍が期待される。
ベテランの味で健闘してくれることだろう。
背泳ぎの第一人者、入江選手もメダルに期待がかかる。


こうしてみると、やはり見て楽しいスポーツがどうしても華になる。
しかし、忘れてはならないのは囲碁である。
スポーツと囲碁の関係はやや難しい面もあるが、メダルが期待できる中国が強引に競技種目に入れたとか。


囲碁もシングルとダブルスがある。
といっても一人で戦うのと、男女ペアで囲碁を打つということであるが、日本からは井山名人も参加しメダルを狙うことになる。
世界一の実力を誇る中国や韓国の棋士との対戦が楽しみである。


中国といえば最近の国力の威信は凄まじい。
日本とは尖閣諸島沖での漁船衝突事件をきっかけに、レアアースの輸出規制に焦点が当てられたが、経済や貿易上の優位さを人質に強硬な行動をとるのは、中国らしいとは言え目に余る行為でもある。


アジア大会開幕と同じ12日に閉幕したG20サミットでは、厳しい目標作りに中国が反発し、不均衡是正の具体策作りは先送りされてしまった。


今やアメリカのオバマ大統領に真っ向からノーといえる力を持つ中国である。
人民元の扱いに全世界がビクビクとし、日本外交などは全くの蚊帳の外である。
アジア大会と違ってG20は参加するだけでは意義がないことを菅総理は分っているのだろうか。




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2010年11月10日

城崎にて

志賀直哉がしたためた「城崎にて」の風情にめぐり合えるかと晩秋の城崎を訪れた。
ここは何となく、ふとぶらりとしたくなる所の一つである。
特に何も飾ることなくゆるゆると流れる円山川を眺めて、ゆっくりと湯につかりたくなったのである。


カニのシーズンになると山陰の味覚を求めて大勢の人が集まる城崎であるが、その季節の手前だと、夏の海水浴客との狭間でさすがに寂しいものである。


もともと歓楽色の少ない湯治場で七湯の外湯めぐりが有名である。
しかし、今の季節では海内一から一の湯と改名された外湯の近くにも、浴衣で下駄履きが正装といういでたちを余り見かけない。


一人でゆっくりとしたくて、自分と向き合うために来たのに、誰もいないと淋しいと思うのは人間のわがままなのだろう。


単行本を片手に手酌で飲むのも悪くはない。
酔いが少しずつ廻ると夢の世界にも足が運べる。
そんな風に思って飲んでいるといつの間にかまどろんでいた。


翌日、行くあてとて無いので大師山山頂を結ぶ城崎ロープウェイに乗ってみた。
驚いたことに駐車代金が700円もする。その上、2時間ぐらいで帰ってくださいよと時間指定である。
寂れた観光地に更に足を引っ張るやり方だと憮然となった。
山中の小さな美術館にもお寺にも入場料が必要なのにも参った。

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観光客が行きやすく、かつ行ってみてよかったと思える施設や場作りをするのが観光産業の生き残り方である。
コウノトリのご利益も薄れた今、玄武洞やマリンワールドだけではリピーターは訪れない。
ディズニーランドの接客精神を学べばよいのにと一言、言ってやりたくなるような侘しい有様であった。


何でも周到にセットされ与えられた環境でしか楽しめにくくなった方が悪いのか、それぞれの場所の良いところを見出して自分なりに咀嚼して楽しんでいくのがこれからのやり方になるのか、のんびりと楽しむことも難しくなったもんだと古い温泉地を後にしながら考えさせられた旅であった。





ラベル:城崎 カニ
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2010年11月01日

上海万博が閉幕

10月31日に上海万博が6ヶ月の会期を終えて閉幕した。
延べ入場者数が7300万人余りと史上最多で大きな事故もなく無事終わったことは何よりである。


全世界から246の国や国際機関が参加し、北朝鮮も中国の援助を受けてデモンストレーションをしたらしい。
温家宝首相は、国際的な中国の吸引力を強く示せたとして万博の盛り上りと成功を祝った。


中国では都市部と内陸部の生活格差が大きく、国の威光を全土に示すものとしての宣伝もかなりなものであった。来場者の95%が中国人で、地方出身者が多かったらしい。


1日に100万人を超す入場者にもかかわらず電気や水が止まらず、交通機関も麻痺しなかったのは主催者側の準備と国力がそれなりのものであったことを示すわけであるが、このレベルのことが賞賛の対象になるようでは文化圏というにはまだ少し距離があるのかもしれない。


中国人は自身の利益主張には猛烈なこだわりを示すとか聞くが、万博内のパビリオンで10数分の映像を見るのに行儀良く12時間もの行列で並んだとは驚いたものだ。


いかにも、お登りさん的な侘しいイメージを受けるものである。地方から何時間もかけてやってきて、それが唯一の土産話であるならば本当に寂しいものである。
こんなところにも情報統制や操作に忙しい党の独自性を垣間見る感じがする。


万博中には尖閣諸島問題などの反日デモは、それなりに厳しく遮断されていたらしいが、今後はどんな展開が待ち受けているのだろう。


全世界のリーダー的な立場を目指すならば、国内の歴史的認識を国外のものとの整合性をもたらす教育や努力を重ねなければならない。


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ラベル:上海万博 閉幕
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2010年10月26日

囲碁は文化

囲碁の大御所、坂田栄男二十三世本因坊が10月22日にご逝去された。
90歳の天寿を全うされ、囲碁の面白さや厳しさを日本中に広めた功績は偉大なものである。
勲二等瑞宝章も受章されている。


囲碁は今年中国で開催されるアジア大会ではスポーツの一種としての位置付けになっているが、日本では動かざる文化である。
中国から伝わったとされるが日本で日本式の華が開いたものと思われる。


清少納言の時代に宮中での囲碁の嗜みなどは、いかにもゆったりとして優美で色っぽい。
将棋は縁台で取っ組み合い的なイメージもあるが囲碁には畳で正座が良く似合う。


ただ、最近の大会やいろいろなイベントでの楽しみ方は、ほとんどが椅子対局となっている。
足腰の弱ったお年よりは勿論のこと、若い者でも長時間畳に座るのは厄介である。


頭を使って楽しむ以前に体力を消耗してしまいそうで、椅子対局の流れは益々加速していくことになるが、それで囲碁ファンの層が増えるなら言うことはない。


木目の揃った碁盤を前に、厚めの白いハマグリの石を人差し指と中指にしっくりと挟んで盤に打ち下ろす光景は想像するだけでも絵になる。


その絵にふさわしい内容の碁にしたいと、脳みそを搾り出す作業を楽しみながら続けることが出来れば、日本のあちこちで文化が醸成されること請け合いである。
囲碁にもっともっと脚光を浴びせたいものである。






ラベル:囲碁
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